伊賀崎俊(難聴障害)の現在は?サッカー日本代表でwikiプロフィールは?電車転落事件を解決した感動のストーリー

11月3日(火)放送の「ザ!世界仰天ニュース」に伊賀崎俊(難聴障害)が登場されます。

しかし、伊賀崎俊さんは何者でどういう活動をされているか、詳細はまだ知られていないようですよね。

そこで今回は

・伊賀崎俊さん(難聴障害)のwikiプロフィール
・伊賀崎俊さん(難聴障害)は電車で転落した男性を救った?
・伊賀崎俊さん(難聴障害)はサッカー日本代表で現在は?

について調査してみました!

伊賀崎俊さん(難聴障害)のwikiプロフィール

https://www.facebook.com/photo/?fbid=2372760266090342&set=a.284019291631127

 

伊賀崎俊さん(難聴障害)のプロフィール
年齢:39歳
生年月日:1981年6月12日
出身地:京都府八幡市
出身校:筑波大学附属ろう学校
職業:外資系金融機関勤務、一般社団法人レプロ東京代表理事兼監督
ライセンス:JFA公認C級コーチライセンス取得

 

伊賀崎俊さんは生後6ヶ月で「感音性難聴」と診断され、生まれつき耳が不自由でした。
そのため、コミュニケーションは読唇術を使って行っていました。

また、ろう者を相手には手話でコミュニケーションしたりもしています。
学生時代で培ったサッカーを通じ、過去にはバルドラール浦安デフィオに在籍。

キャプテンとしてチームをまとめた実績も。
その評価を受け、日本ろう者フットサル日本代表に選出。

数々の国際大会を経験しています。

近年では、手話通訳士を通じて、JFA公認のサッカー指導者C級資格を取得し、立ち上げたレプロ東京の代表、監督、選手を務めています。

伊賀崎俊さん(難聴障害)は電車で転落した男性を救った?

 

2003年、千葉県私鉄・北総線新鎌ヶ谷駅で一人の男性がホームに転落しました。
伊賀崎俊さんは大学生で、家庭教師のアルバイトの帰りだったそうです。

ホームで電車を待っていると、一人の男性がふらつく影が見え、崩れるように1メートル下の線路に落下。
ホームには2、30人の人がいましたが、誰も動かず。しかも、天候は雷雨。

意を決して伊賀崎さんは救助に向かいました。
男性の上体を抱き上げますが、重く抱え上げらずにいると、乗客の一人が手を貸し、なんとか救助することに成功しました。

その時、男性は腕を骨折していたようでした。

救助した10分後に電車が到着。
名前も言わず、その場を立ち去ったようです。

半月後、自宅へ一本の電話が鳴りました。
その電話は、あの時の男性の妻と名乗る方からでした。

「主人に万一のことがあれば、 私たち家族は路頭に迷うところでした。何とお礼を申し上げていいか」

男性の妻は、事故の翌日、誰が助けてくれたのかを駅員に尋ね、ポスターを貼り出し、あの時助けてくれた人が伊賀崎さんであったことを突き止めました。

夫が治れば伺いたいと考えていましたが、その前に感謝の言葉を伝えたいと、伊賀崎さんの自宅へ連絡をしたそうです。

伊賀崎さんの母・真理子さんは耳の聞こえない息子が、男性の救助に会った時には、そんな危険な行動にしかったそうですが

勇気あるその行動と、男性の妻から幾度となく伝えられたその感謝の言葉を聞いて、誇りに思い

もし耳が聞こえるのなら、男性の妻からの電話を聞かせてやりたい、そんな風に思ったそうです。

伊賀崎俊さん(難聴障害)はサッカー日本代表で現在は?

バルドラール浦安デフィオに在籍時、千葉県フットサルリーグ3部で2部昇格に向けて挑戦。

その傍ら、日本ろう者フットサル日本代表に選出され、2015年10月に台湾で開催されたアジア大会に参戦。

日本代表キャプテンとしてチームを牽引し、準優勝という結果を残しました。

また、タイで開催されたデフフットサルワールドカップにも出場するなど活躍しました。

その後、2016年11月に「レプロ東京」というフットボールクラブを立ち上げました。

現在は、融機関シティグループに勤めながら、レプロ東京の代表、監督、選手を務めています。

レプロ東京はデフサッカーの日本代表選手をはじめ、障害のある選手と、健常者の選手が共にプレーし、現在東京社会人リーグ4部に所属しています。

まとめ

今回は、伊賀崎俊さんのプロフィール情報を中心に調査しました
以下がまとめになります。

・伊賀崎俊さんは生後6ヶ月で「感音性難聴」と診断され、生まれつき耳が不自由だった
・学生時代、線路へ落下した男性の人命救助にあたり、勇気ある行動は地元メディアなどで報じられる
・レプロ東京を立ち上げ現在はレブロ東京の代表、監督、選手を務めている

伊賀崎俊さんは耳の不自由さというハンデを乗り越えるだけでなく、サッカーの楽しさと情熱を持ち、プレイヤーやチーム立ち上げなどに従事した経験を持つ類稀なる努力家でメディアに取り上げられる程に。

また、学生時代は色々な人に支えられてきた経験から困っている人に手を差し伸べるなど、勇気ある行動を評価されたことも今回の調べでわかりました。

以上、最後まで閲覧ありがとうございました。